2022年に熊本に移住してから、はねいぬは帰省をするようになった。
それまでの18年間はほとんど東京に住んでいたし、単身赴任していた2年間も大阪だったので、関東の田舎町にある実家には、いつでも帰れたので帰らなかった。
だが熊本に住み始めると、両親や家族との物理的な距離が遠くなったせいか、少し不安も強くなったし、ゴリパラ見聞録で両親に会える回数はあと何回あるかというのが話題になった一献もあって、できるうちに帰省しようと心に決めたのだ。
そして、帰省のたびにチェキを撮ってフィルムを実家とはねいぬの家に置くようにしてきた。
デジタルは便利だが、思い出としては実物のフィルムの存在感にはどうしても勝てない。
韓国に駐在を始めてからも、帰省は欠かせない。
韓国は日本に近いのと、祝日が日本とズレるので、熊本に住んでいた頃よりも帰省頻度が増えている。
この1年で今回が4回目で、年末年始も帰るので、年間5回も帰省することになる。
相方は、はぬいぬよりも多く帰省しているので、年間10回に到達するかもしれない。
帰省貧乏まっしぐらだ。
帰省スケジュール
今回の帰省は、韓国のチュソクに有休を加えたので10/2-14と長期の休みで、10/2-10/8はF1シンガポールGP、10/8-10は東京ディズニーシーにそれぞれ行った。
実家への帰省は10/10-14の5日間であるが10/14は韓国に戻る日なので、実質4日間になる。
相方の実家に10/10‐11と11/13-14で2泊、はねいぬの実家には10/11-13の2泊である。
相方のご実家へ_10/10-11
相方のご実家は地方都市の中心に近く、羽田空港からも東京ディズニーリゾートからもアクセスが悪くない。
そのおかげで帰省の度にお邪魔し、帰省中の拠点にさせてもらっている。
今回も東京ディズニーランドホテルから移動し、我が家のように寛がせていただいた。
はねいぬの実家もそうだが、帰省で良いと思うことの1つは畳の部屋に布団で眠ること。
しかもフスマで仕切られた畳の部屋でだ。
昭和世代と言われそうだが、フスマで仕切られた畳部屋に布団を敷いて眠るのは、小さい頃におじいちゃんおばあちゃんの家にお泊りした思い出が良くよみがえる。
小さい頃の思い出は、何十年経っても残っているのだな。
そしてもう1つの楽しみが、義理のお父さんとお酒を飲むことだ。
はねいぬの実家は、ほぼ誰もお酒を飲まない。
なので、両親とお酒を飲むという機会がなかったのだが、相方のお父さんはお酒好きでしかも焼酎好きで、お酒の嗜好もあうから楽しい時間なのだ。
今回の帰省中も、このお酒の時間を楽しく過ごさせていただいた。
はねいぬの実家へ_10/11-13
はねいぬの実家は相方の実家とは違い、かなりの田舎町にある。
同じ県とは思えないが、相方の実家からはだいた60-70分くらい離れている。
そして今回は、実家への帰省だけでなく高校時代の部活でお世話になった先生を囲み、はねいぬの上下の先輩後輩が集まるのだ。
部活の同窓会みたいな会が、先輩が継いだ料亭で開催されるので、そこに参加するのだ。
部活同窓会は10/12夜なので、移動日の10/11は実家でのんびりする。
実家は相変わらずなのだが、2つ最近変わったことがあった。
1つは、はねいぬが熊本で乗っていた車が実家に移動し、両親や弟が使っていること。
はねいぬとしては、使ってもらえるし駐車もさせてもらえるのでとてもありがたい。
だがしかし、よく見るとホイールが変わっている。
しかも純正ホイールから見たこともないメーカーのホイールにである。
どうやら父親がオートバックスに行ったときに、店員さんからタイヤが古く溝が減ってきたから交換したほうが良いと言われ、まんまと交換したらしい。
確かに熊本にいた時の最後の点検でタイヤの溝が浅くなってきたことは知らされていたが、なぜホイールまで交換してしまったのか。。。
結構ショックで、「わざわざお金を使って車の価値を下げるとか、意味が分からん」みたいなことを言ってしまって、少し自己嫌悪に落ちいる羽目になった。
もう1つは、新しいワンコをお迎えしたことである。
14年連れ添った双子(本当は三つ子だが、1匹はご近所さんに迎えてもらった)のワンコ達が、去年の年末から今年の年始にかけて立て続けに亡くなってしまい、心と実家にぽっかりとスペースが空いてしまったので、悲しみが癒え始めてからお迎えした。
まだ生後10カ月くらいなので、元気が溢れていて見ていて癒される。
チェキでの家族写真撮影を終えて、家族とワンコとまったりタイムを過ごした。
高校時代の部活の同窓会_10/12
最寄り駅から小さな電車に乗り込んで、先輩のご実家の料亭に向かう。
電車に乗ると同級生の親友の姿が、、、会うのは5年ぶりくらいではあるが、会った瞬間に高校時代にタイムスリップする。
高校に通っていたときに乗っていた電車に、親友と一緒に乗るとはこういうことか。
2人で先輩のお店に到着し予約してくれた後輩の名前を伝えたら、それがまさかの先輩ご本人というサプライズ。
いやいや面影はあるのだが、だいぶお年を召されて見えたから、先輩本人ではなく先輩のお父さんだと思ったのだ。
本当にすいません。
素敵なお座敷の部屋に通されると、先生・先輩・後輩がいた。
みんな少しずつ見た目は変わっているけど、誰が誰だか思い出す時間はまったく必要なかった。
ここに到着するまで、実はけっこう緊張していたが、到着して最初のビールを飲みだしたら、高校時代の部室そのままになった。
今何をしているかの話もするが、やはり高校時代の話のほうが花が咲く。
楽しい時間は光のようにあっという間に通り過ぎ、みんなで記念撮影。
もちろんチェキを持ってきたので、最後の2枚のフィルムを先生と幹事をしてくれた後輩に渡せた。
実際に使っていたジャージを持ってきている後輩がいて、それを見て先輩がうちらの代のジャージを見つけ出してくれて、懐かしさが白川水源のような勢いで湧き出してきた。
なので、お店に閉店までいさせてもらい、有志で二次会へ向かった。
二次会はみんなの終電までの1時間程度であったが先輩・後輩との会話は楽しかった。
社会に出れば1才の年齢の違いなど誤差みたいなものなのに、高校時代の1コ上の先輩への敬語はやめられないのがなんとも面白い。
来年も参加するとこの日に決めた。
相方のご実家_10/13-14
大学生の頃であれば、高校時代の先輩と飲んだら吐きまくって、翌日は二日酔いで絶不調になっていたが、大人になると翌朝はすっきりと起きられる。
お酒の量も質も飲み方も大人になったということか。
家族で昼食を食べて、実家を後にする。
なんだかんだ実家はのんびり過ごせて居心地が良い。
とても名残惜しいが、それでも自分の家ではないという気持ちがあるのも事実であるからか、ずっと居座り続けるわけにもいかないと感じたりする。
田舎のターミナル駅から、所要時間がほとんど短縮できないのに、乗りたい気持ちだけで特急に乗り、相方のご実家へリターン。
今夜は相方の兄弟の家族も合流して寿司ディナーだ。
やはり日本の寿司は格別だ。
そしてその寿司と合わせる日本酒や焼酎があれば、最高の気分になれる。
その最高の気分に、子供たちの賑やかさが加わると、親戚の集まりの楽しさは10倍になる。
この時間もあっという間に過ぎ、子供たちが帰った後は相方のご両親とお話しして床に就く。
いよいよ出発の朝。
遊びまくって満足しているはずなのに、韓国に帰ることがなかなかシンドイ。
仮宿とはいえ韓国には家があるし、生活拠点があるし、待ってくれている仕事仲間もいるに、飛行機に乗るまでがすごくしんどかった。
きっと本当に楽しかったんだと思う。
控えめに言っても最高の13日間だった。
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